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記憶の中のわたしの部屋

今週のお題「わたしの部屋」


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記憶

小学生以下の頃の記憶は

ぼんやりとしていて

はるか霞の彼方にほんの一瞬、

たまに、刹那的にしか見ることが

できないのですが・・・

 

小学生の頃、わたしは東京の

自然がまだ多く残っている

大きな工場のそばの団地に住んでいて、

その団地の一部屋を

兄と一緒に使用していました。

一人暇な休日の日中は

日の光を反射させて漂う塵を

ぼーっと眺めていたり、

夜、布団に潜り込んで

懐中電灯(ライト)をつけて

兄と話をしたり

天井に反射する車のヘッドライトの光を

追いかけたりして楽しく遊んだ場面を

思い出します。

 

中学生になると兄と別々の部屋になり

「わたしの部屋」を得ることが出来、

勉強をしたり、友達を呼んで

拾ってきたギターを弾いたりして

遊んだ記憶が思い出されます。

自分も兄も「わたしの部屋」が

欲しくなり、親に要求したのは

中学生になってからと記憶しています。

 

高校、大学と経て

大学生くらいになると部屋に

彼女!?も呼んだりしました。

そのうち就職することとなり

会社で借りた社宅に住むようになりました。

一人暮らしで、

新潟、埼玉、岩手、神奈川と引越し、

必ず部屋が1つ2つと付いて

兄や友達を呼んだり、

泊めたりしていたのですが

部屋は寝るためだけに存在し

記憶は今ひとつぼんやりとして

「わたしの部屋」という概念では

ありませんでした。

 

そして、結婚して3人の子供に恵まれ、

子供たちが小さい頃は、家族皆でワイワイと

過ごすことが多かったのですが、

長男が中学生になると別の部屋を希望し、

過去の私と同じく「わたしの部屋」を

希望して得るようになりました。

 

長男は今でも時々、下の姉弟と一緒に

ワイワイと騒ぎながら寝ることが

あるのですが、そんな情景を見ると

私も兄と遊びながら眠った子供の頃を

懐かしく思い出すことができます。

 

現在

今の私には「わたしの部屋」というものは

ありませんし必要も感じません。

実家も引っ越したため

文字通り「わたしの部屋」は

記憶の中以外ではなくなってしまいました。

むしろ、現在は猛威を振るっている

コロナウィルス等にかかった時に

備えての別部屋が必要なのでしょう。

 

未来

ただ、将来に思うことは

今と変わらず家があって

「わたしの部屋」が必要な

子供達が「わたしの部屋」で

青春期を過ごし、家族や友達と接し

やがて巣だって元気に成長することです。

 

すべての子供たちが

よい「わたしの部屋」の

思い出をつくれ、懐かしめることを

祈っています。